キシダ式Songwriting Notes

オリジナルソングのこと、自己流の作詞作曲について、綴っていきます。

嘘彈き


本当は、4月1日にあわせて書きたかったのだけど。
同じタイトルで、エイプリル・フールについて、「しずかなインターネット」の方には記事を書いた。

1~2年前に、『嘘彈き』というオリジナル曲をつくった。
当たり前かもしれないが、ぼくは「嘘」がキライ。
そして、「嘘」をつくのはうまくない。
だからと言って、「嘘」のない人生を送ってきたなんて、言えない。

一方で、「嘘」というものには非常に興味がある。

「嘘」は、吐くとか吹くと表現される。
(「うそぶく」の場合は、「嘯」の字が正しい)

ともかく、「嘘」を弾く、という表現はどうだろう?と思ったのがきっかけで。

ついでに書いておくと、「弾」を旧字体の「彈」にした。
見た目として、口が二つあるように見えるのは、「嘘」との相性がいい、と思った。
(「はじき弓」のY字型の先端を表しているそうで、口ではないようだが)


例によって、歌詞は日本語のみ。
「弦をひとり 奏でても」と書いたが、それがギターなのか、ヴァイオリンやヴィオラなのかは、特定されてはいない。
Bメロに「五線譜」が出てきて、何となくヴァイオリン属の弦楽器を想定している氣もする。

Aメロ3番で、「君は嘘彈き」に呼応して、「恋の満ち引き」という歌詞が出てきて。
これが恋愛の、特に「別れ」の歌になるのだな、と理解した。

「本音はもう響かない」「それでも笑って 歌う」
「神秘が舞う 静謐に」「口遊む」「余韻」
音に関する言葉をいろいろ、歌詞に盛り込んだ。

拍子はたぶん、8分の12。
オーギュメントでブレイクするのは、『Oh! Darling』まんまではある。

2つ前の記事に、「1月から12月に一曲」計画?を書いた。
アルバムをつくることは今すぐできないけれど。
とりあえず、Home Demoを宅録してYouTubeに上げようかと思っている。

2月は『甘い恋のはなし』、3月は『花桃の咲く頃に』。
この『嘘彈き』は、4月にと考えていて。

全然、宅録できていない。

一曲計画だけど、別に本決まりということでもないので。
2月分として『まつろわぬもの』も、あと春になる前に『たいせつな一日』も。
(無事に、すっかり春になってしまった…)

などなど、録音しようと思っているものが溜まりに溜まっている。


(↑井手町の桜、記事には関係ない)


楽譜を書くことができないので、とにかく音源をつくって残さないと。
焦る氣もちはあるけれど、まあぼちぼちやるか。

 /芥知之介(吟遊ソングライター

どう生きるか、太陽に問う


氣まぐれ雑想記には以前、『太陽に問う』のことを書いた。
太陽に問う。 - とむやんの氣まぐれ雑想記 (hatenablog.com)

曲が完成したすぐ後、2019年の1月の記事。

つい最近、Cメロなどを書き替えたので。
このブログにも、書き残しておこうと思う。


これは、まずタイトルがうまれた。
空耳ならぬ、「空目」をした。
YouTubeで「太陽に問う」というタイトルを見た。
と思ったのだけど、どうやら見間違いだったようだ。

ちょうど、「問い」というものを考えていたときだった。
正確には、以前からテーマではあった、ちょうどこの時期また浮上してきた。

(↑昨年、末っ子と行った京都のカフェのカウンターに置いてあった本)



太陽の塔」の言葉遊び、ということで。
岡本太郎の本などを読んで、歌詞に反映させようと思った。
が、これはうまくいかなかった。

うまくいかなかったのだけど、でもそれはそれとして残した。
上滑りしてもがいているからこそ、「太陽に訊いてみれば?」という流れになった。

一応完成させたものの、部分的に納得いかないところがあって。
特に、展開を変えるCメロは、正直氣に入らなかった。


やっぱり何とかしたいと思って、何度か試みる。

Cメロは、太陽の塔内部をイメージして、雰囲氣をがらっと変えてみたかった。
部分転調を考えていたのだけど、それをやめて、拍子を変えることにした。
それも何度か試して、今回やっと何とかなった。

全体をチェックして、Aメロの2番が韻を踏んでいることに氣付いた。
全然意識していなくて、でもAメロ1番も変えられそうだったので、これも変更。

若干違和感のある箇所だったのが、韻も踏んでうまくまとまってくれた。
ということで、今度こそ完成!


このタイミングで、映画『君たちはどう生きるか』を観た。
ふと考えてみればこの『太陽に問う』は、「どう生きるか」がテーマじゃないか。

どう生きるか、というのは常に、自分に問い続けること。
人にジャッジされることではなく、けれど自分ではチェックを怠らない。

何のチェックか、というと。
「挑んでいるか」
「抗っているか」
もしくは、「何に怒りを覚えたのか」「それは自分が選びたいと思って選んだのか」。

まあいいか、という精神も必要だけど、そればっかりでは自分を偽ってしまう。
そして、それが当たり前になって、感覚がどんどん鈍くなっていく。
太陽に問うどころか、「聞く耳」をもたなくなっていく。

聞く耳をもたない人が、最近増えている、と感じる。
そういう人は、自分の内なる声も聞こえなくなっている。

そんな生き方するなよ、と自分に言い聞かせる。
『太陽に問う』は、そういう歌詞なのかもしれない。

 /芥知之介(吟遊ソングライター)

その後の、花桃の咲く頃に。

今週のお題「小さい春みつけた」

こっちのブログで、お題に挑戦するのは初、だったかな。
「どんなところに春を感じる?」/「小さい春みつけた」というお題。


ところで。

自作曲は、最初の頃は「季節感」を出さないようにしていた。
季節感の異なる時期に歌いづらくなるから、という理由で。
レパートリーが数少ないと、それだけで選択肢が狭まってしまう。

まあ、夏に冬の曲を歌おうが構わない、というのでもいいのだけど。
やはり、暑い最中に雪の歌を歌おうとは思えない。

だから、クリスマスソングなんて、もっての外、だった。

ただ、レパートリーが増えてくると、今度はいろいろテーマがほしくなってくる。
歌詞には、暑いか寒いかの、どちらかの体感も必要になってくる。

大雪の日を題材にした『たいせつな一日』も、クリスマスを意識した『さんたさん』も、そうして生まれた。
そして、『花桃の咲く頃に』も。


栗東に住んでいた頃、「下戸山マルシェ はなもも市」というのがあって。
はなもも市☆ - とむやんの氣まぐれ雑想記 (hatenablog.com)

2015年の11月(第二回)と、2016年の4月(第三回)に関わらせてもらった。
たぶん、この二回目の開催の後、曲の構想を思い付いたはず。
三回目のときのステージで、披露。
花桃の咲く頃に - とむやんの氣まぐれ雑想記 (hatenablog.com)


ただ、このときの歌詞がしっくりこなくて、ずっと封印していて。
2020年に大幅に書き替え、それもある理由で締め切りに追われて、妥協した部分があって。

今度こそちゃんと書き替えようと、先月からリライトしていた。
結果、とてもいい歌詞になったと思う、メロディーともうまく馴染んだし。

花桃の咲く頃に』は、まさに春を感じさせる曲。
近々、宅録する予定。

(↑マルシェには、川津農園のどうぶつたちが来ていた)


オリジナル曲を、1月から12月まで振り分けたとしたら、どうなるだろう?
そんなことを以前、思い付いて。

そのとき調べたら、つじあやのさんが『CALENDAR CALENDAR』というアルバムを出されていた。


これがまた、とてもいいアルバムだったので。
自分でも、とりあえずリストをつくってみたくなった。

一方で、ずっと季節感を入れないようにしていたし、レパートリーが少ないのだから、今あるものだけでは難しかった。

むしろ、そこも狙いだった。
12曲必要なので、新たにつくる必要が出てくる。
月ごとにテーマになる題材があって、それを元に曲をつくることができる。

ちなみに、つじあやのさんは、このアルバムのために全部書き下ろした、のか?
プロデューサーも変えて、一曲一曲音楽性も違うから、すごくおもしろい作品になっている。

自分は、ここまでできないけれど。
何曲か追加でつくるきっかけになるのは、いいなと思った。

それに、ひと月に一曲だから、レパートリーのバランスもよくなるだろう。
マルシェなどで演奏するときに、どの季節でも対応できるのがいい。
実際には、ライブで演奏しにくいものもあるかも、だけど。


あきらかに「夏」を意識した『夏だぜ(仮)』という曲は、サビだけはなんとなくできているものの、それ以外が全然進んでいない。
(しかももう、3年くらい経ってる)

ひとまず、『花桃の咲く頃に』はこれで完成した。
花桃は、やはり3月、ということになるだろうか。
この曲は、「花桃の咲く頃」よりもちょっと前の時期、を想定している。
冬ごもりで春を待つ、そんなイメージ。

歌詞は、tumblerに載せた。

AKUTA Tomonosuke on Tumblr: 『花桃の咲く頃に』



お題に話を戻すと。
ここ最近、ものすごく眠い。
花粉症のせいもあるだろうけど、とにかく寝ても寝ても、ひたすら眠い。

春が来たんだな、と思う。

歌詞を思い付いて、でも眠くて寝てしまって。
次の日になると、なんだこれ?と思うこともあるし、やっぱりこれしかないと確信することも。

眠いと作業は進まないけど、案外いい効果もある。

春、と関連するのかはわからないけれど。
最近、「しずかなインターネット」をはじめた。
はてなブログはすっかり書けなくなっていたのに、そっちは今のところ書けている。

それが呼び水になって、このブログも書いてみた。

新しいことをはじめるには、春はやはりうってつけだと思う。

 /芥知之介(吟遊ソングライター)

2023年の記録と振り返り


あ~、全然書けてない。
氣付いたら、2023年はもうあと10日もないのだ。
正直焦る。

今年は、「本家」の方のブログもまったく書けなかった。

今年は、オリジナルソングを3曲完成させた。
それらは自分にとって、大事な要素がたくさんあったので、記録しておかねば。
できれば、年内に、と焦る。

かと言って、一回にあれこれ詰め込もうとすると、下書きのまま放置になってしまう。
今回は本当に「記録」にとどめて、次回からひとつずつ詳しく書くことにする、か。


まずは、つくった曲。

◆『嘘弾き』(「弾」の漢字は旧字体にしている、が変換で出なかった…)
6月末に完成。
嘘は大抵「吹く」ものだけど、自分は弦楽器に縁があるので。
その場合、嘘は「弾く」のかな?という、割と安易な言葉遊びからできた曲。

◆『もしもしも』
記録には2020年からつくりはじめたと書いているけど、記憶ではもっと前から構想はあった。
『もしも』と『もしもし』、それぞれに歌にしたい言葉を、なんか合体させてしまったら、サビがすぐにできた、んだったか。
けれど、そこからが長くて、今年の夏によくやく完成に至った。

◆『フカフカ
滋賀県野洲市のケーキとパンのお店ル・シエル。
今年で閉店されると聞いて、では歌をつくろう、と。
9月はじめに知って、それから約一ヶ月で完成。
これをつくれたことは、自分の作詞作曲人生において、大きな意味をもつことになりそう、そんな予感がしている。



そして、ライブ。
2023年の上半期は、ほぼライブ演奏の機会なし、だった。

ソロとして、1月8日「森の新年会」。
あきさんがサポートで入ってくれた。

ソラノネ庭市‐春‐(5月6日)、‐夏‐(7月1日)ともに中止。
ということで、キペルス・パピルスとしては半年以上お休み、となった。

6月1日に、SOCO KYOTOでの あがた森魚さんのLIVEに行った。
それがきっかけで、ソロ名義を「芥 知之介」にすることに。

夏、実家帰省の際にソロライブをさせてもらう。
8月11日、芥知之介 音沙汰LIVE、埼玉県川口市カフェ・ド・アクタ。

くさつファーマーズマーケット、8月26日のナイトマーケット。
キペルス・パピルスとして、LIVE出演。

9月2日ソラノネ庭市‐秋‐、11月4日ソラノネ庭市‐冬‐。
ソラノネ庭市でのLIVE演奏は、これでひと区切りとさせていただいた。
大好きな場所だけど、やはり遠い、年々きつくなってきてしまったので。

そのあいだに、10月21日くさつクリエーターズマーケットがあるけど、残念ながらぼくは不参加。
かやつりぐさ2人の出演。

11月19日、三井寺での「オーガニック&つながるマーケットinしが」で、ソロ。
あきさんとよんちゃんが入ってくれた。

12月9日、草津小市。
よんちゃんが入ってくれる。
(↓写真はゆかさんが撮ってくれたもの)


12月17日、ル・シエルでの「クリスマスのおくりもの展」最終日に、コーヒー出店と、「芥知之介とルシエルLOVERS」のライブ。
結局、キペパピ3人揃ってはいたけど、この日はソロ名義プラスアルファ、として。

12月25日には、草津のHappy Age Coffeeのクリスマスパーティーに、かやつりぐさのサポートを予定。

こうして振り返っても、やはりライブは少なかった。
その代わり、YouTubeにHome Demoをいくつかあげたりした、そのまとめはまた改めて。
また、その動画の静止画(なんか変な言い方だけど)用に、曲ごとのイメージ画を描いたりしている。
今年は、前につくったものをつくり直したりした、でも夏にiPadがダメになってデータがバックアップできなかったものもあって…。
いずれにしても、その辺のまとめも、次回以降どこかで。


なんやかんやで、記録だけでもこんなに長くなってしまう。
しかし、これが半年もすればすっかり忘れてしまったりする。
詳細はまた書くにしても、こうしてまとめられて、やはりよかった。

 /芥知之介(吟遊ソングライター)

日本語しばり①


キシダ式Songwritingでは、いくつかの「しばり」がある。
「禁止」というよりは、「お約束」のようなもの。

そうすることで、方向性がさだめやすくなる。

「同じ言葉をあまり使わない」「文字数」「日本語のみ」
「しばり」ということでは、今思い付くのはこの辺か。

「韻を踏む」というのも、ある意味での「しばり」かもしれない。

今回は、「日本語のみ」について、簡単に書いてみる。



日本語のみで書く、いわゆる「横文字」を使わない。

真っ先に連想するのは、やはり「はっぴいえんど」だろう。
今調べたら、「日本語ロック論争」というWikiまであった。

「日本語はロックのメロディーに乗らない」

これは、残念ながらほんとにそうだと思う。
日本語しばりで曲を書くと、どうしても「ロック」にならない。
ロックは好きなのに、今までつくったオリジナル曲は、どうもロックじゃない。

それでも日本語にこだわるのは、単純に英語や他の言語では書けないから。
それこそ、最初は英語で書くことや、誰かに書いてもらうことも考えた。
でも、それでは全く曲が書けなかったから。

それならいっそのこと、「横文字」は使わない、と決めてしまうことにした。
日本の歌は、突然英文や英単語が出てくる、あれがどうも不自然だと思っていた。
歌詞に限らず、「和製英語」とかそもそもあまり好きじゃないし。
ビジネス用語とかも、横文字の多用は敬遠される。

ちなみに、日本語の歌をカバーするとき、じゃあそれらのことが氣になるかというと。
例えば井上陽水とか、むしろあんな風に書けたらといいのだけど。

 【部屋のドアは金属のメタルで】(リバーサイド ホテル)

意味があるんだかないんだか、でもぼくには書けない。
ホテルはリバーサイド、も何か言っているようで何も言っていない。
それに、川沿いリバーサイド、と続くのだ。

太刀打ちできるわけがない。
いつか、そんな領域に行ってみたい氣もするが、今はまだムリだと思っている。

だから、今は「日本語しばり」で作詞をする。


「英語」や「横文字」を、禁止したり否定しているわけじゃない。
そして、「日本語は優れている」みたいな主張がしたいわけでもない。

戦前戦中の「敵性語の検閲」などでも、もちろんない。

日常会話でもそうだけど、日本語だけで話すのはむずかしい。
「横文字」を使った方が「便利」だったり、うまく説明できたり。
そもそも、日本語に置き換えができないようなものも多い。

それでも、この「しばり」をするのは、「便利さ」に安易に飛びつかないため。



では、実際にどうやってきたか。
実践編は次回の投稿で書くことにする。

 /岸田知之(吟遊ソングライター)

シンデレラ、あるいは小さな恋の予兆。


今回のことは、ブログに書くかどうか迷っていた。
投稿するタイミングとしては、早いような氣もする。

とは言っても、今書き残しておかないと、どんどん忘れていってしまう。

(以下、この小説のネタバレを含む内容なので、ご注意を)

さてどうしよう?と思っていたとき、読んでいた小説にヒントを得た。
実はまだ読み終えていなくて、本当にそういう内容なのかはまだわからないのだけど。
まあ違くてもいい、そうすればいいのか、ってヒントというより、答えをもらった。

「予約投稿にすればいい」

下書きのままでおいておく、というのも考えたのだけど。
予約投稿のことは頭になかった。

その小説は、『クジラは歌をうたう』/持地佑季子・著。
【結婚を半年後に控えた30歳の拓海は、12年前に死んでしまった、好きだった女の子・睦月のブログを見るのが日課。ある日、それが更新され、拓海は誰が更新したのかを知るため、没交渉だった高校の同級生に会いに行くが…】

まだわからないけど、たぶんこれ、予約投稿じゃないのかなぁって思ってる。
別にミステリー作品とかじゃないから、凝ったトリックとかではないはず。

いずれにしても、ぼくもそうすればいいやって。

さて、前置きが長くなってしまった。
予約投稿がちゃんと働けば、これは2023年4月1日に投稿されるはずだ。



夢を見た。
やけにリアルに思えた。

外国のような街並み、そこにいた女性も外国の人のよう。
名前を言っていたような氣もするし、日本語じゃなかったからわからなかったのかもしれないし。
彼女は、「Cinderella」と言ったようだった。

たぶん、面識はない。
起きて思い返してみたときには、もう顔もはっきりとは覚えていなかった。

けれど、その女性と恋仲になるのだ、という予感?だけが漂っていた。
その感覚が、目が覚めてからもしばらく残っていた。

「こんな歳だし」とか、「結婚しているから」とか、恋愛にはそんなものは関係ないと思っていた。
思っていながら、自分にはもう「恋をすること」なんてないだろうと。
言い聞かせていたのか、やはり思い込みなのか。

それが正夢なのか、それはわからない。
それよりも、まだ自分に新たな恋があるかもしれない、ということに衝撃があった。

一方で、今は恋愛なんて必要ない、とも思っている。
もう、あの感覚を大事にできる氣がしない。
恋愛に限らずだ、人との関係でも、自分はコミュニケーションが本当にニガテだ。
うまくいったためしがない、そのことで今もよく落ち込む。

でもだからって、決めつけることはないんだな。
うまくいくものが、うまくいくように必死になることが、急に出てくるかもしれない。

突然、出逢うかもしれないのだ。

わかりきったこと、なのに、全然わかってなかった。

これを、歌にしておこう、と思った。
現段階で、まだ書けていないけれど、仮タイトルは「Cinderella」。

 /岸田知之(吟遊ソングライター)

鬼歓坊冨人


ここのところ、ブログが全然書けない。
本家の方もすっかり停滞中。

今回は、ソロ活動の名義を変えてみることにした、ことについて。
思い付きというか、先日読んだ本の影響で。

ペンネーム」とか、別の名前で活動することへの憧れは以前からあった。
でもなぜか、ソロ活動は本名でなければ!という、妙なこだわりもあって。

バンドのときと、ソングライティングのクレジットは、本名のままで。
そこのこだわりは継続するけれど。

【鬼歓坊冨人/KIKANBO Tomundo】


画数もチェックしてみた。
最初、「鬼」の字は鬼子母神みたいに「つののない」ものにしたかったのだが。
PCの変換だと出てこないのと、画数的にイマイチだった。

なので、「富」の方を、つののない「冨」にしてみた。
この方が、画数的にもいいようだ。

天格32/吉、人格18吉、地格13大吉、外格27吉凶混合、総格45吉。
三才配置は「木→金→火」で凶、陰陽配列は「バランスが悪い」。

いくつかよくない結果はあるものの、これで決定。
このブログの署名も、「鬼歓坊冨人(吟遊ソングライター)」に変更した。
(追記:のちに、また変更)

そうそう、本当は夏至にこの記事をUPするつもりだったのに。
こっちまで手が回らず、一ヶ月以上経ってしまった。

 /鬼歓坊冨人(吟遊ソングライター)